インクルーシブ社会への実践者たち
今号の特集では、自ら障害を持ちながらも真の共生社会を目指して実践するお二人の方々に登場していただきました。
そのバイタリティの源とは?
視覚障害当事者として先駆的な活動を
「毎日がとても楽しい!」と話すのはチャーミングな笑顔と楽しそうな笑い声が魅力的な藤原美子さん。
藤原さんは、51歳の時、網膜色素変性症という難病にかかり、失明という突然の変化に直面した。夫と子どもたちから「俺たちがついているから大丈夫」という心強い言葉と支えを受け、前向きに生きようと決心した。
失明後も、専業主婦としての日常生活はほとんど変わらずにできていたが、子どものころから続けていた書道ができなくなったことが大きなショックだったと当時を振り返る。ただそんな中、江戸川総合人生大学に通い、再び書道を始める機会ができ、個展を開いた際に、視覚を失う前に習っていた先生が見に来てくれた。「美子ちゃんの字は私の字だわ」と言われたことに感激し、再びその先生に教わることになった。「本当はもっと楷書体なども書きたいのですが、半紙から筆を離すことができないので、一回の筆で書くことができる行書体が多くなるんです」と藤原さん。それでも、干支の「龍」や「卯」の字は実に見事な出来栄えだ。
Profile
藤原 美子(ふじわら よしこ)さん
1948年、江戸川区平井生まれ。51歳の時に網膜色素変性症により失明。家族の支えで前向きに生きることを決心。専業主婦として家庭生活を過ごしながら、60歳より江戸川総合人生大学に入学。第5期国際コミュニティ学科、第16期江戸川まちづくり学科、そして、今年9月に第18期生として介護・健康学科を卒業。江戸川まちづくり学科在学中に、障害当事者として、「やさしい道づくり」の取り組みを始め、江戸川区役所土木部との窓口になり、すべての人が安全で快適に過ごせるまちづくりのために尽力している。NPO法人江戸川区視覚障害者福祉協会理事長。
江戸川総合人生大学との出会いと「やさしい道づくり」の取り組み
藤原さんは60歳から江戸川総合人生大学に通っている。入学して最初に入ったのは、「国際コミュニティ学科」。卒業制作では外国人力士について研究し、おもしろい着眼点と好評だった。卒業して次は「江戸川まちづくり学科」に進んだ。この時、藤原さんは、この江戸川総合人生大学での学びを生涯のライフワークにしようと決意した。この江戸川まちづくり学科で、現在、最も熱心に取り組む「やさしい道づくり」の活動の機会をつくることができたのである。
もともと、まち歩きが好きだったという藤原さんは、目が見えていた時には気づかなかったことを足の裏で感じるようになったと話す。江戸川区内を隈なく歩き、古くなった歩道橋やボロボロの階段など、改善が必要な場所を見つけ出している。「音声信号機の根元まで点字ブロックがないと、どこまで歩いて良いかわからないことも多くあるんですよ」と藤原さん。外出先でのトイレの流し方が共通でないことや、多目的トイレが広すぎてわかりにくいことなど、まだまだ課題はあると話す。
障害者のみではなく、子育て中のお母さんや、通勤する人たちにとってもやさしい道づくりになるよう、さまざまな声に積極的に耳を傾け、意見を取りまとめて、区の担当部署である土木部に提言し、地域の改善に精力的に取り組んでいる。
いかに街中に目を頼りにした情報が多いかがわかる一枚。
江戸川まちづくり学科を卒業した後は、介護・健康学科に通う。藤原さんは、「人の優しさを知った。手をつなぐと輪になるほど、人のつながり、どこかで誰かとつながっていることを感じた」と話す。江戸川総合人生大学に通うことで、江戸川区の人々に多くの協力を得ることができ、「得しちゃった」と輝く笑顔を見せていた。
バイタリティと笑顔で周囲を元気に
藤原さんは「たたいてふらっと」という、障害をもつ方々とのサークル活動を楽しんでいる。100円ショップのバケツと麺棒を使って、太鼓としてたたいたり、ペットボトルにビーズを入れてマラカスにして鳴らすなど、身近なものを楽器にして演奏する実にユニークなサークルだ。これまでに、炭坑節、花傘音頭、おさるのかごや、どんぐりころころ、チューリップ等を演奏してきたと話す。「そのうちデビューします。その時は来てください!」
楽しそうな活動が目に浮かぶ。
そして、もうひとつの藤原さんが楽しんでいる活動、それは、国際コミュニティ学科に在籍していたときの英語の先生が主催する「ウィズユー」という英語サークル。このサークルは14~15年続いているようだが、月一回のお茶飲み会が楽しいという。「友達や出会った人には本当に恵まれました」と感謝の気持ちを語る。
今ではみんなお友達です」と明るく話す藤原さん。
左から、ガイドの赤塚さん、藤原さん、
江戸川区視覚障害者福祉協会 理事の柳田さん、ガイドの井戸川さん
これからやってみたいことを尋ねると、「時間が取れたら、以前習っていた社交ダンスをやってみたい」。相手の体の動きを感じ、気持ちを合わせることがとても良かったそう。
彼女の情熱と献身は、視覚障害をもつ人たちに勇気と可能性をあたえている。それだけではない。藤原さんの活動は地域社会全体にとって貴重な財産だ。
すばらしいバイタリティと笑顔でこれからも周りを照らし続けてほしい。
藤原さんが通っていた
「江戸川総合人生大学」ってどんなところ?
江戸川総合人生大学は、平成16年に江戸川区が、「共育・協働の社会づくり」のために設置した「学びと実践の場」。江戸川区在住・在勤・在学の、年齢も経験も異なる人たちが共に学んでいるのが特徴である。大学は2年制で、「江戸川まちづくり学科」「国際コミュニティ学科」「子育てささえあい学科」「介護・健康学科」の4学科がある。
江戸川まちづくり学科
江戸川区をより暮らしやすいまちにするために、自分にできる取り組みについて考える。
まちの魅力や文化を探り、まちあるき・マップ作り等の演習で楽しく実践的に学習し、最終的には卒業後の市民活動につなげる。
国際コミュニティ学科
地域に在住する外国人をとりまく言語・生活環境の現状、課題などを学ぶ。私たちの文化(自文化)だけでなく、異なる文化(他文化)に対しても理解を深め、多文化化する地域社会における、多様な言語・文化背景の人々との共生・共育、対話・協働のあり方について考える。
子育てささえあい学科
乳幼児から中学生までの子どもたちを念頭におき、子育ての意義や課題等について理解を深め、子どもの豊かな成長と信頼にあふれた地域づくりを目指して、子育てを応援する意義や方法等について幅広く学ぶ。
介護・健康学科
高齢者社会の中、自分の住む地域にどんな問題があるか、それを解決するためにどう活動したら良いかを考える。江戸川の現状にあてはめ、地域住民にとって不足していることや必要としていることを考え、実践に結び付く学習をする。