学校経営アドバイザー 蓮沼千秋さん

教育の力で拓く、ひとりひとりの可能性
中学校教諭から教育長へ、そして学校経営アドバイザーとして現場を支え続ける蓮沼千秋さん。障害のある人々に光を当て続ける高津陽子さん。お二人の実践していることから、教育がもたらす人の可能性に注目します。

目次

子どもと教師が輝く学校づくり

江戸川区で初めて教員出身の教育長に就任した蓮沼千秋さん。長年教育現場で培ってきた豊富な経験を活かし、教育長として教育現場の活性化に大きな役割を果たした。現在は任期を終え、学校経営アドバイザーとして活躍している。
昨今の“知識偏重型”の風潮に一石を投じるように、蓮沼さんが大切にしているのは、子どもたちの「やる気」を育てること。そして、教員が「働きたい」と思える環境づくりである。現場主義の考えのもと、現在も学校に足を運び、教員や子どもたちの声に耳を傾けている。「子どもが通いたい学校」「教師が誇りを持てる学校」そんな理想を実現してきた蓮沼さんとは、どのようなお人柄なのか。教育にかける熱い思いをひもとく。

教育の原点は「褒めて伸ばす」

大学卒業後、民間企業で2年間勤務したのちに教職の道へ進んだ蓮沼さんは、以来一貫して教育現場での経験を重ねてきた。最も重視しているのは「褒めて伸ばす」姿勢である。その背景には、自身の原体験がある。小学生時代は活発な性格ゆえに教師から十分に認められなかったが、中学生になると、社会科の教師がその明るさを肯定的に評価し、良い点を見つけて伸ばす指導をしてくれた。生徒会への推薦も受け、自分の長所を認められた喜びを実感したことで、学ぶことへの意欲が一気に高まったという。この中学校時代の教師との出会いが、蓮沼さんの教育への志を育む契機となった。「教員になろう!」と心に決めた当時の思いを、今も懐かしそうに語ってくれた。

生徒一人ひとりと向き合い、地域と共に育てる教育

他区のある中学校で校長として赴任した時、その学校は荒れた状態にあり、不登校の生徒は40人から50人にのぼっていた。蓮沼さんは、エネルギーを持て余している子どもたちのはけ口をつくることが大切だと考え、打ち込める場をつくることに力を注いだ。教員の中にラグビー経験者がいたことからラグビー部を新設。最初はけんかの延長のような動機で入部する生徒もいたが、次第に競技に夢中になり、仲間との絆を深めていった。また、校長室は常にオープンにし、やんちゃな生徒たちにも積極的に声をかけるなど、日常的な交流を大切にした。さらに保護者による「おやじの会」と連携し、地域全体で子どもたちを支える体制を築き上げた。その結果、2年後にはその数は一けたまで減少したという。
その後、蓮沼さんは江戸川区の中学校に赴任し、「地域と共に子どもを育てる教育」をさらに深めていくことになる。

蓮沼さんの原点は、どんな時でも子どもたちと真正面から向き合うこと。部活動の試合には必ず足を運び、生徒全員の名前を覚えるよう努めていたという。「名前を呼んで応援すると、生徒たちは嬉しそうな顔を見せてくれるんだよね」と笑顔で語る蓮沼さん。その姿勢に保護者からも厚い信頼を寄せられていたことだろう。

また、子どもたちの自己肯定感を育む「心の教育」にも力を注いできた。用務主事さんの協力を得て学校の屋上にはカルガモのための小屋を設置し、3~4年にわたり保護活動を継続。生き物を育てる体験を通じて、命の尊さや思いやりの心を学ぶ場をつくった。生物環境部も創設し、カルガモの成長を見守るこの活動はテレビ番組でも特集として放映され、地域の注目を集めた。

元校長・副校長・主幹教諭経験者が教育指導調査員として現場を支える「江戸川区教育委員会 学校教育支援センター」。
その一員として、先生方と打合せを行う蓮沼さん。

教職員の力を引き出す学校経営

2009年(平成21年)から10年間、江戸川区立中学校の校長を務めた蓮沼さんは、文部科学省の「教職員のメンタルヘルス対策検討会議」にも現場代表として参画し、教職員の働き方改革に先駆的な役割を果たしてきた。自校でも「ノー残業デー」を導入し、教員同士の親睦を深めるためにバレーボールチームを結成。都大会で2年連続優勝を果たすなど、チームワークの向上が学校経営に好影響をもたらした。また、ストレスチェック表を配布し、若手職員との懇談会も開催してきた。

教育長時代には、東京都の制度を活用し、教員以外の人材による担任補佐や副校長補佐の導入、授業で活躍した教員の表彰など、教員のモチベーション向上にも力を入れた。さらに、15年間短縮されていた夏休みを戻し、9月1日からの新学期開始を実現。「授業は量より質。子どもたちが楽しいと感じる授業こそが学力向上につながる」と語り、江戸川区の学力向上にも貢献してきた。

蓮沼さんは、「学校は校長次第」との持論を持ち、校長のスタンスと意気込みが学校の雰囲気を大きく左右すると考えている。教職員の育成には、地域の力を活かしながら、現場全体を見渡す広い視野が必要だと強調する。

現場に寄り添う学校経営アドバイザーとしての活動

教育長を退任後の現在は学校教育支援センターにて、学校経営アドバイザーとして小・中学校の支援に力を注いでいる。2025年(令和7年)は、4月から約5か月で50校を訪問。自転車で学校を回る姿は、現場主義の象徴ともいえる。学校教育支援センターでは、元校長及び副校長、主幹教諭経験者10名がそれぞれ10~12校を担当し、各校、年間10回以上訪問。若手教員の授業を見て、板書の工夫や授業の反省、悩み相談まで丁寧に対応している。現場に足を運び、授業力を高めることが、学力向上に直結すると考えている。

また、校長・副校長を対象にメンタルヘルス研修会を実施。教員のストレス要因をデータで示し、管理職が教員と接する姿勢を考える機会を提供している。

「子どもたちが通いたい!保護者が通わせたい!地域が応援したい!先生たちが働きたい!と思える学校づくり」を信念に掲げる蓮沼さん。その熱い思いと行動力に心から敬意を表したい。

管理職メンタルヘルス研修会

学校経営アドバイザーとして、区内小・中学校の校長・副校長を対象に、管理職向けのメンタルヘルス研修会を開催。2025年(令和7年)で4年目を迎え、教員の働き方改革や職場の雰囲気づくり、教員を守るために管理職が果たすべき役割などについて語っている。

エヴァ・マカイ・ミドルスクールと小岩第二中学校の生徒との交流

都内で外国人の人口が新宿区に次いで多い江戸川区では、円滑な国際交流のために英会話力の育成にも力を入れている。ハワイのエヴァ・マカイ・ミドルスクールからのホームステイ受け入れや都内観光、交流活動を小岩第二中学校で実施。今後はこうしたグローバル交流を区内全域に広げていくことを目指している。

みらいサポート教室

学校に通えない児童・生徒のために、区内6箇所で展開されている「みらいサポート教室」。2024年(令和6年)からは、民間学習塾の講師を招いて学習支援をさらに強化。自然宿泊体験教室では、共同生活を通じて社会性を育む機会も提供している。蓮沼さんは、「教員は目の前にいる生徒たちを優先しがちだが、みらいサポート教室の現場を訪れ、子どもたちと積極的にコミュニケーションをとってほしい」と語る。

実はクイズ愛好家

学校に通えない児童・生徒のために、区内6箇所「パネルクイズアタック25」で優勝し、パリ旅行を獲得した記念の一枚。大学時代から数々のクイズ番組に出演し、「クイズグランプリ」では3日間勝ち抜いてヨーロッパ3週間旅行、「アップダウンクイズ」ではハワイ旅行を獲得するなど、優勝経験も豊富なクイズ愛好家。校長時代には、忘年会で「蓮沼校長出題クイズ大会」を企画し、雑学を通じて教職員の親睦を深める場として活用した。

Profile

学校経営アドバイザー 
蓮沼 千秋(はすぬま ちあき)さん

1954年(昭和29年)生まれ、71歳。早稲田大学教育学部卒業。2年間の民間企業勤務を経て、都立養護学校教諭として教育の道へ。足立区・板橋区の中学校で教諭・管理職を歴任し、葛飾区教育委員会では指導室長を務める。2009年(平成21年)から10年間江戸川区立中学校の校長として地域に根ざした学校づくりを推進。2022年(令和4年)江戸川区教育委員会教育長に就任。2025年(令和7年)からは学校教育支援センターにて、学校経営アドバイザーとして活躍中。豊富な現場経験をもとに、次世代の教育環境づくりに力を注いでいる。

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