未来へつなぐ、自然との共生
今号の特集では、子どもたちへ自然と共生することの大切さを伝えようと活動するお二人を紹介します。その情熱あふれる取り組みにご注目ください。
自然に飽きていた少年が身近な生きものの解説者に
「子どもの頃はまわりに山と川しかなくて自然には飽き飽きしていたね」と笑顔で話すのは、開館15周年目を迎えた江戸川区子ども未来館の初代館長だった高木嘉雄さん。
令和7年(2025年)3月に職員としての勤務に区切りをつけた高木さんは、身近な生態系や自然環境についてアドバイスする市民部門の環境カウンセラー(環境省)として活躍し、水辺の生きものを得意分野としている。
高木さんは、秋田県北部の山々に囲まれた環境の中で、男三人兄弟の次男として育った。父や母に連れられ籠を腰に、きのこや山菜、あけび、やまぶどう採りで、いつも山や渓を駆けていたという。近くにはマタギの集落もあり、民間薬として珍重されていた「熊の胃」(胆嚢)の乾燥小片をおすそ分けでいただくこともあったようだ。冬には高台にあった小学校にスキーで通うのが日課だったと、懐かしく話す。「喫茶も、集いも、映画もねぇ」吉幾三の歌みたいだったと笑う。「はるか遠く彼方にある都会。きっとそこには何でもあるはず」そんな思いを抱いていたという。
高校には一日数本のディーゼル機関車で通った。図書館が最も好きな場所で、詩や小説への興味を深めた。経済的に厳しい環境で育った高木さんは、夜間大学と仕事を両立するために上京した。公害や障害者などの社会課題に関心を寄せ、会社寮で待遇改善を求めて組合を結成して活動。しかし活動がもとで退社を余儀なくされ、奨学生仲間とも離れ離れになった。収入を失い夜学も断念。友人のアパートに身を寄せながら、アルバイトで暮らしをつなぐ日々が続いた。
Profile

江戸川区子ども未来館 元館長
高木 嘉雄(たかぎ よしお)さん
昭和28年(1953年)群馬県生まれ。昭和50年(1975年)江戸川区入庁。自然動物園園長やエコセンター事務局次長を経て平成22年(2010年)から平成25年(2013年)まで江戸川区子ども未来館の館長を務める。退職後も同館で講師やボランティアを続ける一方、地域の自然環境に関わる団体や学校などで生物解説に携わる。環境省環境カウンセラー(市民部門・生物多様性、生態系、水質、自然への愛着)NACS-J自然観察指導員など。
福祉を通じて、多くの出会いが開いた未来への扉
昭和50年(1975年)、広報紙の採用情報をきっかけに江戸川区役所に入庁することになった高木さん。最初に配属されたのは住民票の係だった。仕事を続けながら再び夜間大学に通うことになった。児童心理学の授業に聴覚障害者の学生がいて、高木さんはその支援グループに参加し、手話を覚えて彼をサポートした。この経験を仕事にも活かしたいと考えた高木さんは、職場で自主的に手話勉強会を立ち上げ、仲間を増やしていった。
住民票の係には様々な人が訪れるため、職員が窓口で手話を使えることはとても役立った。東京都の通訳奉仕員養成講座にも通った。その後、福祉事務所(小岩事務所)に異動し、ケースワーカーとして、生活保護だけでなく保育園の入所事務にも携わった。手話スキルも活用しながら、病気や障害を持つ人々とのかかわりを通じて福祉への理解を深めた。さらに自費で学会や研究大会に参加するなど積極的に研鑽を積んだ。車椅子の友人と共に全国各地のハンセン病療養所巡りをしたことは深く記憶に刻まれているそうだ。こうした多くの出会いは人生の糧になったと語る。
呼び覚まされた自然への愛着と子ども未来館
高木さんは30代で環境部に異動し、最初に担当したのは環境調査である。当時大気汚染や水質など、環境モニタリングの大部分は職員が行っていたという。この仕事を通じて鳥類や野草、魚類などの生物調査に関わったことが、忘れていた高木さんの自然への思いを呼び覚ますことになる。
各地の公害が地域の市民生活を脅かしていた時代、公害がもたらす自然環境の破壊は全国各地で発生していた。「都会では、わずかなスペースに花を植えたり、狭い公園でたくさんの子どもたちが遊ぶ。東京には何でもあるが、逆にナチュラルなものがない。それで潜在的に持っていた自然への興味が呼び覚まされた」と当時を懐かしく振り返る。


そして導かれるように、自然動物園やNPO法人えどがわエコセンターなどを経て、子ども未来館の新設に関わることになる。「上司から指示されたのは子どもたちが自ら発見し、体験し、探求できる場をつくること。全国各地の施設を見学してわかったことは、多くが児童福祉的施設や科学館、職業を疑似体験する施設で、私たちが求めているものではなかった」と回想する。学校でできないこと、手作りで身近なものを教材とすること、地域の人的ネットワークや社会資源の活用をキーワードに、平成22年(2010年)に子ども未来館がオープン。高木さんは令和5年(2023年)まで館長を務めた。
子ども未来館は、社会科学、哲学、人文科学、天文学など、多岐にわたるプログラムを提供しているが、高木さんは、当初から、「水とみどりのまち」を標榜する江戸川区の身近な自然にこだわり、自らも生物関連のプログラム開発に携わってきた。「子どもは生きものが好き。そして自分もそうだった。それがこの仕事に就いたことであらためてわかった」と話す。
子どもたちに伝えていきたいことは、本質的な生きる力
高木さんに子どもたちに伝えていきたいことを尋ねると、「何かに興味を持ったら、あきらめず、その興味に対する情熱を持ち続けてほしい。どんなことでも構わない。知りたいという気持ちを忘れずにいることで、長い人生の中で、必ず意義のある瞬間が訪れ、そのとき未来は開く」と話してくれた。
「別の言葉で言うと、それは『生きる力』だと思う。それは、『本質的な生きる力』で、塾ではなかなか学べない。塾は試験に合格するためのテクニックや受験のスキルを教えるところで、子ども未来館とはベクトルが違う」と、高木さんは話す。
「あきらめない力、どんなに悲惨なことがあっても、乗り越えられる力、立ち向かう勇気、これが生きる力だと思う。これは、技術でも何でもない。心の力かもしれない」
子ども未来館は、知識を教えるのではなく、「精神的なたくましさを養うところ」と高木さんは力強く語った。


最後にこの仕事のやりがいについて伺うと、「子ども未来館で最も古いゼミのひとつであるせいぶつ部に通っていた子どもたちが、大学や大学院で生物を学んだり、社会に出て自然環境関連の研究に取り組んでいると報告に来ることが度々ある。すごく嬉しいね。この仕事をやらせていただいて本当に良かった」と笑顔で答えてくれた。
高木さんの、自然への愛着と、どんな環境でも自ら道を切り開く姿勢は、未来の世代に確実に受け継がれていくに違いない。


子ども未来館

平成22年(2010年)4月29日開館。
子どもライブラリー(1階)と子どもアカデミー(2階)がある。
子どもライブラリーは、幼児や小学生のための図書館で、5万5千冊以上の本が揃っている。子どもアカデミーは、身の回りの不思議なことや調べたいことなどの「学び活動」や「探求活動」をする基地とされている。
午前9時〜午後5時
休館日
(アカデミー)
月曜日
※月曜日が祝日の場合は翌火曜日
年末年始
(ライブラリー)
第4月曜日・年末年始・図書整理期間
住所
〒133-0061
江戸川区篠崎町3丁目12番10号
電話番号
03-5243-4011
WEBサイト
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/miraikan/
